千年の孤独

田中泉(タナカ セン)によるレビューブログです。

書き出しを科学する。

私が読書好きになったのは同じく読書が好きな父親の影響が大きい。前回の記事で触れた筒井康隆も元々は父親が好きな作家で、小学生の時に「旅のラゴス」を貸してもらった。

 

旅のラゴス (新潮文庫)

旅のラゴス (新潮文庫)

 

 

よく一緒に書店に行くこともあったが、ある日帰ってから父親がとある人気作家の代表作の文庫本を買っていたことに気が付いた。私は既に図書館で借りて読んでいたため、軽い気持ちで「読み終わったら感想聞かせてね!」と父親に言った。しかしその翌日、朝食の席で父親は「書き出しの文章から好みじゃなかった」と言い放ったのだ。「あのお父さんにも書き出しから好みじゃない小説もあるのか……」と動揺を隠せなかったのを覚えている。

 

前置きが長くなったが、それからまた様々な小説を読んで思う。小説の冒頭で善し悪しは分かる。

 

例えば食事で一口食べてみて「不味い!」と吐き出したくなるものもあれば、もう一口食べたくなるものもある。音楽を聴いていてイントロからビビッとくるものもあれば、すぐに視聴機の停止ボタンを押したくなるものもある。それでも後々好きになるということも当然あるけれど、なんやかんや第一印象は大事なのではないだろうか。

 

 

 

というわけで、小説の冒頭部分を色々と見てみよう。

 

 

 

「ある朝、グレーゴル・ザムザが気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した」(変身/カフカ

 

変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)

 

 

「東京喰種」の原作で使われていたのが印象的だった。主人公の名前とおかれている状況が分かるうえに、読者を引き込む強さのある書き出しだ。この後の文章も主人公がどのような巨大な虫になってしまったのかの描写がリアルだ。

 

しかし、とある文芸雑誌にて、これまで「虫(毒虫)」とされていた姿が「ウンゲーツィファー(生け贄にできないほど汚れた動物・或は虫)」と原書そのままの単語に新訳しているのも興味深い。

 

 

 

「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色の細かい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った」(葉/太宰治

 

晩年 (新潮文庫)

晩年 (新潮文庫)

 

 

こちらは太宰が初めて出した単行本「晩年」に収録されている「葉」の書き出し。まず初めての単行本なのにタイトルが「晩年」って。しかも書き出しから「死のうと思っていた」って。いかにも太宰だなあという感じが出てますね。

 

この「葉」は読んでみると分かるんだけど、書き留めたものを繋ぎ合わせたような作品なので小説とは言えない。本人は「晩年について」という文章で「私の小説を、読んだところで、あなたの生活が、ちっとも楽になりません。ちっとも偉くなりません。なんにもなりません。だから、私は、あまり、おすすめできません」だなんて述べている。しかも「わけもなく面白い長編小説を書いてあげましょうね。いまの小説、みな、面白くないでしょう?」と開き直る始末。これでこそ太宰だぜ。

 

とはいえこの「晩年について」も現代の小説家にも通ずる疑問を太宰は投げかけているので、こちらも読んでみると面白いかもしれない。青空文庫ですぐに読めるので。

 

また、こちらは書き出しではなく締めの文章にはなるけれど、太宰の遺した言葉の中で私が1番好きなので紹介しておきます。痺れます。

 

「私は虚飾を行わなかった。読者を騙しはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では失敬」(津軽太宰治

 

 

 

「得体の知れない不吉な塊が私の心を始終圧(おさ)えつけていた。焦燥と云おうか、嫌悪と云おうか ー 酒を飲んだ後に宿酔いがあるように、酒を毎日飲んでいると宿酔いに相当した時期がやってくる」(檸檬/梶井基次郎

 

檸檬 (280円文庫)

檸檬 (280円文庫)

 

 

現代文の授業で学んだ人も多いのではないだろうか。そして作者の写真を見て「いかつい!」と思ったのではないだろうか。私は思った。

 

元々精神的に不安定だった人らしいけれど、その憂鬱を「二日酔い」と表現しているのが非常にリアル。この「得体の知れない不吉な塊」を抱えたまま歩く主人公は八百屋の店先で檸檬を買い、いくらか幸福な気持ちにはなったものの、丸善でまた憂鬱が立ちこめることとなる。そこで画集を積み上げて爆弾に見たてた檸檬を置き、「木っ端微塵に爆発する丸善」を愉快に想像してその場を去る主人公。

発表当時の丸善・京都本店には作品と同じく檸檬を置いて立ち去る人があとを絶たなかったとか。店員さんからすればえらい迷惑な話である。

 

 

 

「減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った。私の自尊心。返せ。」(阿修羅ガール舞城王太郎

 

阿修羅ガール (新潮文庫)

阿修羅ガール (新潮文庫)

 

 

今まで読んできた小説の中で、最も引っ張られた書き出し。好きでもないクラスメイトの男子と関係を持ってしまったことに関しての後悔から物語は始まる。自尊心を「とりあえずやってみたらちゃんと減った」なんて表現する主人公、アイコに私はすぐに夢中になった。

 

それと、この「とりあえずやってみた」男子ではなくアイコが好きな男の子、陽治が個人的にめちゃくちゃ好きだ。「修学旅行ではバスに鹿を乗せようとして見つかってバスに乗せてもらえず百メートルくらいバスを追いかけて走っていた」ようなお調子者である一方で、同級生の喧嘩を仲裁した理由を「愛だよ」と断言するギャップ。最高。それ故わたしは一時、「好きなタイプ」を聞かれたら「修学旅行でバスに鹿を乗せようとする人」なんて返してたけど、完全に頭おかしい子の発言だった。

 

 

 

「それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。その頃僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった」(ムーン・パレス/ポール・オースター

 

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

 

 

社会人になる前に読んでおくべき1冊だと思う。書き出しで「未来というものが自分にあると思えなかった」とあるが、主人公、フォッグは天涯孤独になり、人生を放棄し、公園で残飯を探すところまで堕ちる。しかしそこでの出会いをきっかけに、自身の運命めいた事実にたどり着くのである。読み終えた後の余韻が素晴らしい作品。

 

「愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆揃って幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。最大の幸福が空から皆に降り注ぐといい」(好き好き大好き超愛してる。舞城王太郎

 

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

 

 

先程挙げた「阿修羅ガール」と同じ作者、舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる。」の書き出しだ。私の読書歴において最も「阿修羅ガール」の書き出しは衝撃であり、この「好き好き大好き超愛してる。」の書き出しは感動であった。

 

舞城王太郎はわけの分からない作品も多いが、「愛」について表現することに徹底している作家でもあると思う。それは異性に対するものと家族に対するものと様々ではあるけれど、その「愛」を描くことについてこの書き出しが全てを物語っている。書き出しについてほんの一部を引用しているが、この続きも非常に素晴らしいので是非手に取って読んでいただきたい。

 

余談だが、この作品は芥川賞候補にまでなったものの、都知事経験のある某選考委員が「タイトルを見ただけでうんざりした」と苦言を呈している。その選考委員の作品なんかよりよっぽど美しさのある作品だと私は思う。

 

 

 

 小説の書き出しについて書いてきたが、こんなサイトもある。

 

http://kakidashi.com

 

小説の書き出しがずらりと並び、気になったものをクリックすると作品の情報が出る。書き出しについてSNSで紹介することも、そのままamazonで購入することも可能だ。アクセスするたびにランダムに表示されるため、いつでも新しい出会いがある。自分の好きな作品、知っている作品が表示されているのを見るのも嬉しい。クイズ感覚で作品情報を見るのも楽しい(私はこれで2時間くらい遊んだこともある)

 

2012年に紀伊国屋書店新宿本店で行われた「ほんのまくらフェア」(カバーに書き出しが書かれてはいるものの、タイトルを伏せた状態で販売する企画)をウェブ上で再現したサイトだ。

 

Aboutにあるこの文章が素敵だ。

 

「本の書き出しは、筆者が全力で考えた命の断片です」

 

 いまいち読書に興味が持てない、という人もとりあえずこの「本の書き出し」を見てビビッとくるものを探してみるのをお薦めしたい。